
取材の日もふらりと立ち寄り、受付に進む参加者が多かった
障害当事者のニーズを形にした事業
ユニバーサルタイムは、障害者スポーツの推進を図るため、障害者団体や地域のスポーツ関係団体、行政関係者等で構成する障害者スポーツネットワークが企画した事業で、令和4年にスタートした。導入のきっかけは、障害当事者を対象に行ったスポーツ・運動に関するアンケートの回答だ。杉並区区民生活部スポーツ振興課の齋藤尚美(さいとうなおみ)係長によれば、「ボッチャ等のパラリンピック種目だけでなく、球技やダンスもやってみたい」「定期的に通える場所がほしい」「リハビリもしたい」といった多様なニーズがあることが分かり、誰もが自由にスポーツを楽しめる機会を創出しようと、事業化を決めたという。
初年度は荻窪体育館で実施し、令和5年度からTAC杉並区上井草スポーツセンターのグラウンドでも年に4回実施。今年度は荻窪体育館で年12回、TAC杉並区上井草スポーツセンターのグラウンドと体育館で年8回実施する計画になっている。

「取り組みが少しずつ広がって参加者が増えてほしい」と話す齋藤係長
工夫を凝らした独自のサポート内容
誰もが安心して参加し、安全に取り組めるよう、最寄り駅等と会場の往来を道案内する事前申込制の「誘導サポート」を実施したり、パラスポーツ指導員の資格取得者やサポーター養成講座の修了者が「サポーター」として参加者と一緒に楽しんだり、また看護師や理学療法士ら医療従事者が常駐する等、さまざまな工夫を凝らしている。
また、学生ボランティアもサポーターの補助として携わる。大学3年の西牧颯仁(にしまきはやと)さんは、小学生のサッカーコーチもしており、より多くの人と関わりたいとスポーツボランティアに興味を持った。活動中は「参加者の方にはいきなり声をかけたりせず、また目線を合わせて話すようにしています」と、丁寧なコミュニケーションを心掛けているという西牧さん。「ユニバーサルタイムに来てから、街で障害がある人を見かけたら『何か困ったことはないかな?』と思えるようになりました。心の構え方が変わったと思います」と、自身の成長についても語ってくれた。
なお、今年度は6月から8月の間に高校生や大学生を対象にボランティアの募集をかけたところ、夏休み期間を利用して約20人が集まり、活動したそうだ。

今夏から学生ボランティアとして関わる西牧さん。「視野が広がった」と語る
プログラムは多種多様! 参加者は「楽しかった!また来たい」
取材した11月27日は、TAC杉並区上井草スポーツセンターの体育館で午後3時から5時まで開かれ、同伴者を含め9人が参加した。バスケットボールやフライングディスクの的当て、卓球などを行う「ボール種目エリア」や、ストレッチやエアートランポリンがあり理学療法士に相談できる「軽い運動・身体の相談エリア」、競技用車いすを体験する「スポーツ車いす」、理学療法士がサポートする「ウオーキング・ランニング」等のプログラムが設けられた。障害当事者や理学療法士らが一緒になって創作した「オリジナルダンス」は、今まで見る側だった介助者も一緒に踊れるようになったとして好評だという。

エアートランポリンに挑戦する参加者の手を取るサポーター(右)
参加者は受付を済ますと、それぞれ希望のコーナーに移動して身体を動かした。ボール種目エリアのバスケットボールコーナーでは、サポーターがボールの投げ方やシュートの打ち方をレクチャーしたり、ディスクを数字の的に当てるコーナーでは「ナイス!」「もう一回!」といった掛け声や拍手をしたりして盛り上げていたのが印象的だ。
知的障害を伴う自閉症の岡野伴之助(おかのばんのすけ)さんは、2会場とも足を運んでいるといい、この日は8回目の参加。ストレッチなどでしっかりと身体をほぐし、ボール種目エリアで楽しい時間を過ごした。岡野さんは「運動が楽しかった。また来たいです」と感想を述べ、同伴した父親は「もともと走ることが好きで、ここに来れば新しい体験ができるので、本人は楽しそうです」と話してくれた。

毎回参加しているという岡野伴之助さんは「また来たい」と笑顔を見せてくれた
運動体験を通して心と身体の健康維持へ
「ウオーキング・ランニング」プログラムは、理学療法士が参加者をサポートする。この日も、一人ひとりの状態に合わせて脚の上げ方や、身体の使い方等をレクチャーし、歩行を支援していた。東京都理学療法士協会の岩山睦(いわやまあつし)さんは、「ゲームの要素も取り入れ、楽しみながら自然に歩いたり走ったりできるようフォローしています」と語る。岩山さんによれば、先天性の全盲の人は走る経験がなかったり、少なかったりするため、ランニングの前傾姿勢に恐怖心を持つ場合が多いが、このプログラムでは理学療法士が寄り添い、壁を使ってランニングのフォームの感覚を掴めるよう指導することで、その日のうちに走れるようになる人もいるという。「このユニバーサルタイムでの体験が、日常生活を前向きに過ごすきっかけになれば」と、メンタル面に及ぼす影響についても話してくれた。

参加者に声をかけながら指導する理学療法士の岩山睦さん(先頭)
参加者のひとり、中井昌之(なかいまさゆき)さんはこの日、2時間にわたりさまざまなプログラムに積極的に挑戦していた。3年前に脳卒中を発症し、左半身に麻痺が残ったため、リハビリできる場所を探しているなかでユニバーサルタイムの存在を知ったそうだ。理学療法士らのアドバイスを受けつつ、地道に運動に取り組んだ結果、学生時代に打ち込んだ卓球のステップやスイングができるようになったり、左手の麻痺の状態が改善し、好きなギターを再び弾けるようになったりと、大きな変化があったという。中井さんは、「ここは人とのふれ合いがたくさんあり、孤立しない点も魅力だと感じています」と、想いを明かしてくれた。

笑顔を見せながら卓球でスタッフと打ちあう中井さん
今年度は、両会場とも来年3月まで事業が続く。また、来年度はTAC杉並区上井草スポーツセンターでも年12回の開催を目指している。関心を持った人は、ぜひホームページなどで最新情報を確認してみよう。
■ユニバーサルタイムのホームページ
https://www.city.suginami.tokyo.jp/guide/bunka/sports/1085654.html
(取材・文/MA SPORTS、撮影/植原義晴)