パラスポーツインタビュー詳細

湯澤 葵さん(ろう空手道)

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プロフィール

名 前

湯澤 葵(ゆざわ あおい)

生年月日

2003年6月16日

出身地

東京都板橋区

所 属

一般社団法人全日本ろう者空手道連盟

 2022年夏季デフリンピック競技大会 ブラジル2021(以後、ブラジル大会)の空手・女子組手(※)-55㎏級に出場し、3位に輝いた湯澤葵選手。第25回夏季デフリンピック競技大会 東京2025(以後、東京2025デフリンピック)では団体女子形(※)での出場となる湯澤選手が、ろう空手道を始めたきっかけや、大会に向けた思いなどを語ってくれました。


※組手と形
組手…コートの中で、2人の選手が1対1で戦う。突き・受け・蹴りの技を使い、試合時間の間でポイントを取り合う

形 …仮想の敵に対する攻撃技と防御技を一連の流れとして組み合わせた演武。立ち位置や技の完成度、スピードやキレなどを重視し、姿勢の美しさも含めて判定が行われる。

東京2025デフリンピックWEBサイトより引用)

障害についてお聞かせください。

 私には感音性難聴と心臓機能障害の2つの障害があり、どちらも先天性です。心臓については、生まれつき左冠動脈から出るべき血管が肺動脈から出ていたため、僧帽弁に負担がかかって、弁が壊れてしまったという状態でした。正しい血流にするバイパス手術と僧帽弁の形成手術を行いましたが、弁の方は完治が難しく血液の逆流が残っているので、今も定期的に通院して経過観察しています。難病にも指定されています。日常生活に支障はないですが、時々、胸が痛いことがあります。スポーツも大丈夫とは言い切れませんが、リスクを負ったままやっているという感じですね。

そういった障害がある中で、ろう空手道を始めたきっかけについて教えてください。

 小学生のときに、ろう者の先生が教えている道場で行われた体験会に「体験会があるから行ってみたら?」と誘われて参加したことがきっかけです。ミットを打ってみたら、思いきりパンチできるのがすごく楽しかったんです。それで小学5年生も終わる頃に入会してろう空手道を始めました。やる前は「簡単じゃない?」「私にもできるんじゃない?」と思っていましたが、実際に習ってみるといろいろ細かい部分があって意外と難しかったです。でも、楽しさというのは感じました。

激しい運動をすることに対して心配はなかったですか?

 それまで何かスポーツをやりたくても、両親が心配してやめたという感じでした。でも、ろう空手道はどうしてもやってみたかったので、親に頼んでようやく認めてもらいました。最初は主治医も両親も心配していましたが、なんとか体を調整しながらやっていました。

ろう空手道に励む中で、難しいと感じたのはどんなことですか?

 いくつかありますが、例えば呼吸です。空手には“吸って吐いて”というタイミングがあり、その『間(ま)』が決まっているのですが、私は呼吸の音が聞こえないために理解できていませんでした。全日本ろう者空手道連盟の強化指定選手として強化合宿に参加して3か月ほど経った頃に、初めて“呼吸法”というものがあると知ったんです。身につけるまでには時間がかかりましたが、できるようになると動きがなめらかになり、力も出せるようになって、大きく変わりましたね。

きこえる空手とろう空手道、どういう違いがありますか?

 ろう空手道の場合は耳ではなく目を使いますので、すぐに動きを把握することができます。もちろんきこえる空手では音による情報も多いため、それが逆になるのかなと思います。

湯澤選手にとって、ろう空手道の魅力は何ですか?

 ろう空手道の一番の魅力は、思い切り身体を動かせるところにあると思います。また、手話で教えてもらえて、監督や選手、スタッフとも手話でストレスなく、スムーズにコミュニケーションがとれるのも魅力です。同じ障害を抱えている者同士でわかり合える部分が多く、ストレスを感じることなくコミュニケーションが取れています。それに、聞こえない部分は、目を使えばできるというのも、デフスポーツの魅力だと思っています。

2022年には、ブラジルで開催された第24回夏季デフリンピック競技大会に初出場し、女子組手-55キロ級で銅メダルを獲得されました。初めてのデフリンピックはいかがでしたか?

 2022年のデフリンピックが私にとって初めての国際大会だったので、現地の言語や文化も分からないなか、大変な不安がありました。さらに、ブラジルまで飛行機で3日かかったので、大丈夫かなと心配でしたが、飛行機の中で趣味のゲームをすることができて、ストレスなく過ごせました。

 試合では、これまで外国の選手と対戦した経験がなかったので、手足の長さだったり、日本の選手にはないトリッキーな動きだったり、いろいろな違いがあるんだなと感じました。試合中は、状況に応じてその場で戦術を変えながら、臨機応変に戦うことを意識して挑みました。その結果、初めてのデフリンピックで銅メダルを獲得し、日本に持ち帰ることができて本当に安心しました。

外国の選手と対戦して感じた課題は何ですか?

 外国の選手に勝つのに必要なのは技術面だと感じました。そして、試合中はその場その場で戦い方を変えていくので、すごく頭を使います。そこで疲れないためのメンタルも課題だと思いました。

2022年のデフリンピックはコロナ禍の中で行われましたが、会場の様子はいかがでしたか?

 新型コロナの影響で会場はガラガラかと思っていましたが、たくさんの観客がいらっしゃって、びっくりしたのを覚えています。やはり観客がいると気持ちも盛り上がりますよね。

海外と日本で、試合会場の雰囲気は違いますか?

 一番わかりやすいのは、組手の試合です。日本の場合は、点数が決まってから拍手を送ることが多いのですが、海外の大会では試合中にもすごく声援がとぶので、ずいぶん違うなと思いました。

11月に東京2025デフリンピックには団体形(かた)で出場されますが、組手と比べて、どんな違いがありますか?

 個人の場合は自分ひとりに集中して練習することができますが、団体形は他の選手に対しても意識を向ける必要があります。一緒に確認し合いながら進んでいくので、組手のときより考えることがすごく増えました。団体形には3人で取り組んでいますが、お互いの動きを合わせるためには、やはりコミュニケーションが大事だと考えています。メンバーの中で私が最年長なので、2人の言いたいことを引き出して、引っ張っていく立場になります。そのことをいつも頭の中で考えながら過ごしているので大変ではありますが、団体形は楽しいです。3人で息をぴったりと合わせることができたり、他のコーチから「前よりも良くなったよ」と褒められたりすると本当にうれしいですし、頑張ってきたかいがあったと思えます。


※組手と形
組手…コートの中で、2人の選手が1対1で戦う。突き・受け・蹴りの技を使い、試合時間の間でポイントを取り合う

形 …仮想の敵に対する攻撃技と防御技を一連の流れとして組み合わせた演武。立ち位置や技の完成度、スピードやキレなどを重視し、姿勢の美しさも含めて判定が行われる。

東京2025デフリンピックWEBサイトより引用)

3人で動きを合わせるのは大変そうですね。

 やはり最初のうちは、ずれることもありましたが、どうやって3人で合わせるのか、ひとつずつ形のタイミングを決めて練習するうちに、だんだん体が覚えて合うようになってきます。基本的には呼吸をそろえることが一番大事です。ただ、体の状況によって呼吸が短かったり長かったりすることがあるので、その場合は頭の中で時間をカウントすることもあります。

チームメイトとコミュニケーションを取るうえで気を付けていることは何ですか?

 一番気を付けているのは、気持ちをきちんと伝えるということです。私たちは3人とも性格がひかえめで、思っていても相手に言わないことが多いです。でも、そうではなくて、やっぱり自分の考えを伝えることが大事だと思っています。

 3人で練習を始めて2年くらいが経ちますが、その2年の間にいろいろと変わってきました。昨年12月に世界大会があったのですが、その頃は、東京2025デフリンピックまであと1年もないという中でみんな焦りからぎくしゃくしていました。ぶつかりあったり泣きながら練習したりすることもありましたが、だんだん合わせられるようになった状態で12月の世界大会に出場しました。今は11月のデフリンピックに向けて、去年と同じように、すべての動作・呼吸を合わせるということを意識して練習しています。

映像で海外選手の形を見ることもあると思いますが、日本の選手と何か違いを感じますか?

 外国の選手たちは体が大きくてパワーもあるので、形が大きく見えるんです。一方で日本の選手は基本をきちんとやっているので、きれいに見えます。それが日本の強みだと思っています。ただ、パワーについては課題なので、海外選手の映像を見て、体を大きく見せる方法や、大きく表す方法を学んでいきたいと考えています。

形だけではなく組手でも、体格差というのは影響がありそうですね。

 そうですね、手足が長いほうが有利だと思います。外国の選手は手足が長いので簡単に相手に手が届きますが、私たちは短い分、たくさん動き回らないといけません。体格差を補うのに、相手の意表を突くような戦術もいろいろと考えました。

形を大きく見せるために、どんな工夫をしていますか?

 例えば、腰を使って瞬間のキレを強くして迫力を出す、というようなコントロールをしています。また、団体形は3人のメンバーで行いますが、ほかの2人は私より1.5倍くらい手足が長くて、私が同じようにやっても小さく見えて、ずれるような感じになってしまいます。その分を補って、大きく見せることができるように日々研究をしています。

 それに、形ではにらみを利かせるといった表情も大事です。最初のうちはできなくて無表情になってしまい、「そうじゃない、表情が必要だよ」と先生に何度も言われました。今でも、ふだんから表情の練習をしています。

普段はどのように練習していますか?

 朝に30分ほど体を動かして、夜は2時間くらい練習をします。道場には週に3回通って稽古しています。私は団体形に出場しますので、道場ではずっと形の練習をして、そのあと基礎を繰り返し行っています。

練習以外の時間はどう過ごしていますか?

 きちんと休んで睡眠をとるようにしています。あとは、自分と流派が同じ選手の映像などを見て勉強しています。健聴の選手はいろいろと参考にできる部分があるので、真似をして自分の練習に取り入れています。疲れたときは頭からろう空手道のことを消し去って、音楽を聴いたり、ゲームをしたり、自分の趣味に集中して心をリラックスさせるようにしています。

自身2度目の出場となる東京2025デフリンピックに向けて、現在どのように取り組んでいますか?

 団体形の3人で動きを合わせるために、毎日自主練やイメージトレーニングを含めて練習を続けています。デフリンピック本番では、一度のずれもないように、良い形が表せるようにがんばっていきたいと考えています。

東京で開催されるデフリンピックには、たくさんの方が観戦にいらっしゃると思います。観客の皆さんはどのように応援すればよいでしょうか?

 会場で実際に感じてもらい、自分なりの方法で応援していただければと思います。手話などを用いて、ぱっと見て分かる表現で応援してもらうのもうれしいですね。

湯澤選手がデフリンピック開催に期待することは何ですか?

 一番期待しているのは、知名度を上げるということです。ろう空手道は選手数もまだまだ少ないですし、日本でデフスポーツをさらに発展させるために、デフリンピック開催によって理解が広まり、壁を壊すきっかけになればいいなと思います。

最後にメッセージをお願いします。

 いま私たちは、東京2025デフリンピックに向けて練習に取り組んでいます。ぜひ、晴れの舞台を見に来ていただけたらと思います。皆さんの応援が本当に私たちの力になります。応援よろしくお願いします!