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パラスポーツインタビュー詳細

村上 舜也さん(知的障害者水泳)

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プロフィール

名 前

村上 舜也(むらかみ しゅんや)

生年月日

1994年11月27日生まれ

出身地

東京都中央区

所 属

NEC フレンドリースタフ

 今回は、水泳歴25年、国内外の競技会でも15年以上活躍し、パリ2024パラリンピック競技大会にも出場した水泳の村上舜也選手が登場。現在は10月開催の「愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会」に向けて準備を進める村上選手が、水泳を始めたきっかけやその魅力、今後の活動方針などについて、お母さまのサポートを得ながら語ってくれました。

村上選手の障害について教えてください。

 知的障害があり、自閉スペクトラム症(ASD)と不安障害の特性もあります。小・中学校は特別支援学級、高校は特別支援学校に通ったのですが、学校生活になかなかなじむことができず、不登校や引きこもりの時期もありました。

 高校は、当時できたばかりの東京都立永福学園に入学しました。就職に向けた勉強が中心の学校でしたが、僕にとってはカリキュラムが厳しく、気持ちの整理がつかない状態が続いてしまい、学校に行けなくなってしまいました。

水泳を始めたのはいつですか?

 昔から体を動かすことが好きで、公園に行ったりプールで水遊びをしたりしていました。水泳を始めたのは5歳のときです。そして、第10回全国障害者スポーツ大会「ゆめ半島千葉大会」が開催された2010年(高校1年)の10月頃に、本格的に競泳を始めました。

「ゆめ半島千葉大会」では、初出場でメダルを獲得されたそうですね。

 もともとゲームが好きで、レースで競い合うことが好きでした。

 15歳のとき、初めて出場した「ゆめ半島千葉大会」で銀メダルを獲りました。メダルを首にかけてもらうことができて、チームメイトとも話ができて、とても楽しい気持ちでした。自信もつきましたし、学校が大会の結果をみんなに報告してくれたときは、うれしくて最高でした。もっと勝ちたい、と思うようになりました。

 それから日本知的障害者水泳連盟に登録し、さまざまな競技会に出場するようになりました。

それから結果も出して、国際大会にも出場されました。初めて出場した海外での試合はいかがでしたか?

 2013年に知的障害者が出場するINAS(現:Virtus)の世界大会に出場しました。それが初めての世界大会だったのですが、行きの飛行機が機材トラブルで12時間も遅れて、寝ないでそのまま最初のリレーを泳ぎました。そのリレーで金メダルを獲得することができて幸せでした。表彰台に上って、君が代が会場に流れて日の丸があがるのを見たときにはすごく感動して、今度は個人競技で自分のために日の丸をあげるんだと決意しました。

 でも、個人ではメダルが獲れなくて悔しかったです。パラリンピックに出ている選手もいて、決勝に出られても5位が限界で力の差を感じました。この大会を機に、金メダルを獲りたいという思いが強くなりました。

 国際大会では、海外の選手と話したりピンバッジを交換することもあります。英語はペラペラではないですけど、「サンキュー」など気持ちを伝えてコミュニケーションをとっています。

水泳の魅力や難しさはどんなところですか?

 水泳をやっていて一番楽しいのは、国内や世界の大会で、同じ障害のある選手たちと再会できることです。ライバルではありますが、お互いに励まし合える頼もしい仲間です。

 一方で、泳ぎ方を言葉だけで理解したり、教えてもらった泳ぎを再現することは、とても苦手です。そのため、コーチにはできるだけわかりやすい言葉で教えてもらったり、自分の泳ぎを映像で見せてもらったり、実際に身体に触れてフォームを直してもらったりして泳ぎを覚えています。

 僕は目で見て覚えることが得意なので、オリンピック選手などのトップアスリートの泳ぎを映像で見て、自分の泳ぎに取り入れるようにしています。そうすることで泳ぎが良くなり、タイムも更新できるようになりました。

水泳の練習はどのように行っていますか?

 基本的には週5日、練習しています。試合前は1日に2回練習することもあるので、だいたい週7回練習します。練習では400メートル個人メドレーを泳ぐこともありますし、いろいろな道具を使いながら上半身と下半身の強化を行っています。

 フォームを良くするための課題にも取り組んでいます。映像を使って自分の泳法をチェックすることが多いですね。YouTubeでうまい選手のフォームを見てイメージをして、練習で細かい部分を直します。コツをつかんだら、どんどんタイムも縮まりました。コーチも長い期間指導してくれていて、うまくなったな、速くなったなと思うので、(コーチや周りの期待に応えて)僕もやってやろうと思っています。

村上選手のメイン種目は何ですか?

 メイン種目はバタフライです。100メートルバタフライでパリ2024パラリンピックの代表になりました。リオ大会や東京大会では200メートル自由形がパラリンピックの採用種目だったので、それまではずっと自由形をメインにしていました。

 今所属しているクラブに入ったとき、コーチが1バタ(100メートルバタフライ)の泳ぎを見直してみようか、と提案してくれました。フォームを改善していくことでタイムが上がり、2023年にイギリスのマンチェスターで開催された大会で派遣標準記録を突破することができて、パリ大会につながりました。

 200メートルバタフライでは、今年6月に行われた「第29回日本知的障害者選手権水泳競技大会」で2分06秒92のアジア新記録を出すことができました。これまで日本記録しか持っていなかったので、やっと達成できて幸せでした。

 あとは、(パラリンピック種目である)個人メドレーも強化しています。背泳ぎが苦手ですが、200メートル個人メドレーで自己ベストも出せたので、自分の足りないところを理解して、少しずつ直していければ、と思っています。

アジア新記録で金メダルを獲得した

2024年にはパリ大会でパラリンピック初出場を果たしました。村上選手にとってどんな大会になりましたか?

 個人種目では男子100メートルバタフライに出場し、結果は12位。悔しい気持ちでいっぱいでした。

 混合4×100メートルフリーリレーにも出させていただいたのですが、納得した泳ぎができなくて、自分の力不足を感じました。

 あと、パリ大会の水泳会場はお祭り騒ぎのような感じで、「おー」って下から地響きみたいな音がすごかったです。とても気持ちよかったですが、緊張感もあって、会場の雰囲気にのまれそうになりました。そういう(メンタル面の)ところも、2028年のロサンゼルスパラリンピックに向けてもう少し進歩しないといけないと思いました。

長く競技を続ける中で、水泳への思いに変化はありましたか。

 精神的に辛い時期もありましたが、東京都ゆかりパラアスリートとして多くの方に応援していただき、15年以上も競技会に出続けることができました。

 勝負事へのこだわりが強いので、負けて悔しい、タイムが出なくて悔しいと思うことはたくさんあります。でも、それ以上に、コーチや仲間、所属企業の皆さんが応援してくれたり、支えてくれたりしていることが大きくて、水泳を続けることができています。

 31歳になった今でも、個人メドレーに挑戦するなど、まだ伸びしろがあると感じています。これからも楽しみながら、自分らしく挑戦を続けていきたいです。

 若い選手も増えましたが、まだ自分の泳ぎでタイムを伸ばせると思っています。どこまで行けるか、戸惑ったり焦ったりすることもありますが、少しずつ丁寧に泳ぎを良くしていければいいのかなと思っています。

5月の終わりに行われた選考会(パラ水泳ワールドシリーズ2026静岡)で派遣標準記録を切り、10月に開催される「愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会」への出場が内定しました。最後に大会に向けて、意気込みをお願いします。

 選考会では久々に自己ベストに近い記録を出すことができ、まだまだやれると思いました。特に200メートル自由形では7年ぶりに2分を切ることができ、とてもうれしかったです。

 アジアパラ競技大会は4大会連続での出場となりますが、3種目に出られるのは初めてです。練習にも力が入りますが、僕はフルマックスで上げすぎないほうがいいので、少しずつ丁寧にフォームを整えて、力任せではない脱力した泳ぎができるようにしたいです。

 そして、200メートル個人メドレーで金メダルを獲ります!